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人参ジュース開発の歩み

図

昭和48年10月、オイルショックの急襲により日本全土が混乱のるつぼと化してしまったかのような状態にあるとき、当社研究開発室には充実した気合がみなぎっていました。
昭和46年より独自で開発してきた人参ジュース、その搾汁法がようやく完成の域に近づきつつあったのです。
当社の人参ジュースの開発は昭和46年に始まりました。もちろん、これは開発を実際に手がけた年度のことで、開発への検討が開始されたのはさらに昭和41年にまで遡ります。
人参がトマトミックスジュースに多く使われる理由


写真
にんじん搾汁
人参ジュースを製品化するにあたって、当初技術的にもっとも困難をきわめた問題は搾汁法でした。
幾多の搾汁法を試みてみたものの、それらはいずれも歩留まり(原料から得られるジュースの割合)において著しく適性を欠き、製品化の厚い壁になっていたのです。
しかし、新しく試みた搾汁法は、懸案の歩留まりの問題を一挙に解決するほどの効果を示しました。開発室にみなぎる気合は、わが国で最初の人参ジュースをいよいよ製品化することへの充実した緊張感でした。
搾汁法が確立されてから人参ジュースの開発は製品化に向けて一層拍車がかかりました。新製品開発委員会が中心となって生産予定を昭和49年4月上旬とし、最終試作、缶のデザイン、印刷等が着々と手配されていったのです。


昭和48年9月2日に行われた従業員家族による試作品試飲会等の結果を参考にして、最終試作品が出来上がったのは昭和49年2月27日のことでした。
究極の健康飲料としての商品価値を十分にアピールするために、そのデザインは人参に茎をつけたまま大きく写しだしました。
昭和41年、開発の検討を開始してから9年目、また同46年に実際に開発に着手してから3年目にしてようやくここに人参ジュースの製品化が実現したのです。これは間違いなく、我が国で最初につくられた人参ジュースです。
人参ジュースは誕生しました。
しかし、このような人参ジュースの開発、誕生にかけた当社の懸命な努力が実を結ぶのは、まだそこに数年という長い歳月の経過を待たなければならなかったのです。
写真   二代目デザイン


写真
昭和40年代食品加工工場内部
昭和41年、トマトミックスジュース(野菜ジュース)の一原料として登場した人参原料は、傑出した栄養価をもちながらも、そのにおいと味にあまりにも独得の特性を保持するがために、人々の嗜好の対象からは遠ざけられ、もっぱら珍重という稀有価の分野にのみ重苦しい名誉を負担してきました。
当社開発部門にとって人参はまさに重い開発原料であったといってもいいのです。
開発は至難をきわめました。
昭和49年全国で初めて製品化を実現、同時に当社の設立以来からの主要品目であったトマトジュースとの配合を図った人参トマトミックスジュースの製品化をも敢行したものの、消費者の視線は一向に近づいてはこなかったのです。


人参、憎らしい手ごたえのある原料でありました。
開発着手から10年という歳月がたちまち流れました。
開発部門にとっては長い10年であったといってもよいでしょう。が、その過ぎるには早く、長かった10年という歳月は「CO-OPミックスキャロット」というたくましい商品を育てたのです。
人参を敬遠していた子ども達からも暖かい声援がおくられてきました。すばらしい反響でした。生協組合員のみならず一般の消費者、販売業者からも反響が届きました。苦しい原料事情を予想しても、自社ブランドの製造に向けて直進してゆく必要があったのです。


フルーツ&キャロット写真現在のフルーツ&キャロット
さらに、開発3年。
発酵乳のさわやかさを活用した「フルーツ&キャロット」が誕生したのは昭和59年7月のことでした。「フルーツ&キャロット」は、自社ブランド品の開発、販売促進という新方針に則り、順調な航海に乗り出すところとなったのです。もちろん幾多の困難にも遭遇しました。あえて風雨順調という表現が適切かもしれません。
そして昭和62年の農林水産大臣賞の受賞。
しかし過去に刻み残してきた歴史より将来に対してより長い歴史を抱えこむに違いない「フルーツ&キャロット」にとって、農林水産大臣賞の受賞はその果てしない航海途上のひとつの寄港地に過ぎません。その事実は次に述べる一連の経緯のなかに鮮やかに証拠づけられるでしょう。


つまり、昭和60年以降、当社松本工場の見学者はかつてないほどの数にのぼるようになったのです。
取引先企業関係者はもちろんのこと、とくに多数をきわめた工場見学者は小学生を中心とする学生たちです。学生たちは松本市内、長野県内、そして遠くは東京、名古屋から、あるいは徒歩で、あるいは観光バスで、あるいは電車を乗り継いで当社松本工場の見学に訪れてくれました。 (*現在は行っておりせん。)


まっすぐな視線をもったこの小さな記者たちの訪問に対して、当社は彼らの工場見学記念へささやかな一助にと、きまって「フルーツ&キャロット」と、その缶でつくった貯金箱をおくり続けてきました。
当社が長い歳月をかけて子供たちのために開発したこの新しい「フルーツ&キャロット」こそ数ある当社製品の中で最も適当な子供たちへのプレゼントであると思ったからです。
かれらにとってはおそらく初対面であったに違いないこの人参を素材とした「フルーツ&キャロット」に対して、彼らは飲用の感想を作文等に綴って次々とよせてきました。
1つには子供の将来の健康、ひいては彼らの手になるよりよい世界観の創造を願って開発、製造されたこの作品にとって、その子供たちから直接送られてくる感想ほど光栄に属するものはありません。
写真
また、ひとえに、ジュースでより健康で豊かな生活を送ってほしいとの願いから商品づくりを行ってきた当社にとって、子供達だけにとどまらず、老若男女、たくさんの方々が愛飲してくださるようになった今日の人参ジュースの成長は、何よりの喜びであり、さらによい商品作りを行っていこうとする当社の力の源になっているのです。


当事者インタビュー
1.当時のお仕事は?

果汁課(現:松本工場 第一製造課)のライン長でした。

2.にんじんジュース開発のうえで大変だったことは何ですか?

搾汁する為に、破砕した人参を“ひしゃく”を使って袋に入れたことですね。その後機械化されましたが、それまでは腰に大変負担がかかりましたよ。
また、人参にヘタがついたまま工場に入ってきたため、一つ一つ手作業で切り取ったこと。冬の寒い時期に、みんなで残業をして切り取ったことは今でも思い出しますね。

3.嬉しかったことは何ですか?

やはりミックスキャロットやフルーツ&キャロットなどがやっと製品化されたときは感慨もひとしおでした。その後の大反響にも大変な喜びを感じましたね。

4.一番印象に残っていることは何ですか?

硬いにんじんから、こんなにもジュースが取れるんだ、ってことは驚きでしたね。

5.最後に、にんじんジュースへの思いを教えてください。

入社して28年、にんじんジュースと共に自分も成長してこれました。今日のにんじんジュースの発展はとても嬉しいです。


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